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風邪とアイスと我侭と

written by 剛久




人間、誰だって風邪を引く事くらいはある、と思う。

「栞のせいだぞ」
「そんな事ないですよ」

ゲッホゲホとわざとらしく咳をする祐一。
それを見て、栞は仕方ないといった感じで苦笑した。

「大体だな、あんなクソ寒い中でアイスなんて食う事自体間違ってたんだよ」
「でも、美味しいかったですよ」
「そういう問題じゃなくて」
「祐一さん、これ必要あるんですか?」

栞が祐一の額に乗ったタオルに手を触れる。
随分前に乗せられたそれからは、既に冷たさは感じなかった。

「話を逸らすな」
「もうだいぶぬるくなってますね、タオル。あ、水も。私取り替えてきます」
「そうか、悪いな」

タオルと同様ぬるくなってしまった水の入った桶を持って、栞は部屋を出ていった。
その様子を横目で見ていた祐一は、心の中で小さく溜息をつく。
部屋にはひとり、祐一が残される。


祐一は運悪く――考え方によっては運良く、平日に体調を崩した。

前日にアイスの早食い対決なんてしたのが原因だ、と祐一は確信している。
しかも何故か屋外で。
栞に誘われたからといって、あれは流石にやり過ぎだったと思う。
結果は辛くも祐一の勝ち。
そしてその報酬は風邪だった。

そんな訳で今日は学校を休み、家で療養していた所、何処から聞き付けたのか栞が見舞いに来てくれた。
微熱程度の軽い風邪だったのだが、そのまま看病をしてくれる事になった。


無音だったこの部屋に、廊下からゆっくりとした足音が聞こえてきた。
その音が止まり、ドアが開く。

「ふぅ、重かった」
「ご苦労様」
「ちょっと水を入れ過ぎたかもしれません」

そう言って、軽くはにかむ栞。
再び桶を手にし、こちらまで運ぼうとする。

「手伝おうか?」
「いえ、祐一さんは病人なんですから、じっとしてて下さい」

多少ふらついたが、なんとか桶を運び終える。
中に入ったタオルを絞り、それを祐一の額に乗せた。

「これって、ホントに効果あるんでしょうか?」
「さあ。気分の問題かな」
「確かに、額の温度を下げても直接体調には影響無い気もしますね」
「病は気から、って言うだろ」
「そうですね」

祐一が目を閉じ、タオルに手をやった。
手のひらにも冷たい感覚が伝わる。

「しかし、あれだな」
「え、何ですか?」

目を閉じたまま、祐一が口を開いた。
一度言葉を止め、目を開いてから再び喋り出す。

「こういうのは、普通ナース服とかで看病してくれるもんだろう」
「祐一さん、そんな趣味あったんですか」
「男の夢だろ?」
「知らないですよー」
「そしてその格好で『はい、あーんして』とかやるべきじゃないか」
「それって、看病ですか?」
「男の夢だ」

それを聞き、栞は俯いて考える仕草を見せる。
僅かな間の後、ポンと手を叩いた。

「えっと、じゃあ、流石にナース服は無理ですけど、何か食べさせてあげます」
「ホントか?」
「はい。それでは、ちょっと待ってて下さい」

言ってから、軽い足取りで再び部屋を出ていく栞。

ウチに、何か簡単に食べられる物あったかな。
まあ、秋子さんがいるから大丈夫か。

待っている間、祐一はそんな事を考えていた。


「お待たせしましたー」

祐一が思っていたよりもずっと早く、栞は戻ってきた。
見ると、手にはビニールの袋を握っていた。

「栞、それなんだ?」
「アイスクリームです」

僅かに感じた嫌な予感が見事に的中した。

「ほら祐一さん見て下さい。新しくストロベリー味が出たんですよ」
「何故俺が今こんな状態なのかは、当然知ってるよな?」

キョトンとする栞。
しかし、すぐに答えを返す。

「えっと、風邪を引いてしまったからです」
「その風邪の原因は?」
「原因、と言いますと」

唇に人差し指を当て、天上を見上げる。

「もしかして、昨日のアイス早食い競争ですか?」
「もしかしなくてもそうだと思うぞ。というかさっき言った」

それらの栞の台詞を聞き、祐一は溜息をつく。
栞は、原因が自分にあったという事を再確認し、少しバツの悪そうな顔をする。

「でも、祐一さんって以外と病弱だったんですね」
「いや、あんな事すれば普通はこうなると思う」
「私はなんともありませんけど」
「普通は」
「私、普通じゃないんですか?」
「少なくとも、普通は真冬に屋外でアイスの早食いなんて提案しない」
「そんな事ないですよ。ロシアでは真冬でも普通にアイス食べてると聞きますし」
「ここはロシアか?」
「私の知っている限りでは、違いますね」
「だろう」
「はい」

二人で顔を見合わせる。

「もういいや」
「あ、待って下さいー。食べましょうよアイス」

布団を被ってしまった祐一を引きずり出し、アイスのカップを近づける。

「また熱がぶり返しそうだから嫌だ」
「ぶり返すも何も、まだ下がってないじゃないですか。それに、熱がある時は冷たい物を食べた方が良いんですよ」
「……本当か?」
「確証はありませんけど」
「やっぱりいらない」

再び布団の中に潜る祐一。
栞も再び引きずり出そうとするが、中から抑えられていて無理だった。
体調が悪くても、力は祐一の方が圧倒的に強い。

「もう、祐一さん、溶けちゃいますよ」
「思う存分溶かしてくれ」
「祐一さんって、以外と我侭だったんですね」
「我侭っていうのか、これは」
「そうですよ。いつもは祐一さん意地悪ですから、なんだか新鮮です」
「そうか? うーん」

布団の中で腕を組み、以前の出来事を回想してみる。
いつもより僅かにぼんやりとする頭のせいか、それらしい事は思い付かなかった。

「いつもと変わらないと思うけどな」
「そんな事より、ほらアイス」
「だから、いらないって」
「ダメですよー、折角買ってきたんですから」

三度布団の中に潜る祐一。
今度こそはと栞も引きずり出そうとするが、やはり難しい。
一応は病人相手なので栞の方も手段は限られ、結局揺すったり叩いたりする程度しか出来なかった。

「ほーら、祐一さん、アイス」
「嫌だ。絶対に」
「祐一さん、なんだか子供みたいですよ」
「いや、まだ大人って歳でもないだろう」
「私よりは大人ですよ」
「いい、俺はもう寝る」
「わ、祐一さんが拗ねちゃいました。ホントに子供です」

いつもの仕返しですとばかりにそんな事を言っている栞。
子供子供と連呼されるのも癪だったので、祐一も反撃に出る事に決めた。

「元はと言えば、栞に風邪を引かされたのが原因じゃないか」
「引かせた訳ではないですよ」
「こうなったら、移してやる」

近くにいる栞に向かって、ゲホゲホと咳を放つ。

「わ、祐一さん汚いですー」

栞が慌てて後ろに下がる。
それを見て、祐一は舌打ちをした。

「逃げるな、栞」
「どうしてそんな事するんですか」
「いや、風邪は移すと治るっていうじゃないか」
「多分、迷信だと思いますけど」
「構うもんか。さあこっちへ来い」
「嫌ですー」

立ち上がり、祐一から距離を取る栞。
祐一も咳を飛ばすが、栞もそれを避けようとする。

「ちくしょ――うっ?!」

と、急に祐一の咳が激しくなった。
胸を押さえ、苦しそうに咳をする。

「祐一、さん?」

最初は先ほどまでの調子で避けようとしていた栞。
だが、その異変に気付き、慌てて祐一の傍へと駆け寄る。

「祐一さん?! どうしたんですかっ」

そして、栞が祐一の目の前まで来た時、

「捕まえたっ」
「え」

その『え』を半分まで発音したくらいのタイミングで、栞は祐一のベットに引きずり込まれた。

「これでもう逃げられないぞ」
「え、あ、祐一、さん?」

栞は一瞬戸惑ったが、それでもすぐに調子を取り戻す。

「祐一さん、大丈夫なんですか?!」
「え?」

栞のその様子に驚き、今度は祐一がそんな声を出す。

「あ、いや、その」
「……祐一、さん?」

栞のその心配そうな表情を見て、
祐一は、自分のしたミスに気が付いた。

「――冗談だ」
「え」
「悪い。今の咳は、つまり、わざとって事」

その言葉を聞き、栞は呆気に取られた顔をする。
それを見て、祐一は弁解しようとして、

「――祐一さん、今のは、酷いですよ」
「栞?」
「私、本当に心配したんですから」

ぽふっ、と栞は祐一の胸に倒れこんだ。
一瞬だけ、祐一にはその悲しそうな表情が見えた。

「心配したんですから……」
「栞……」

祐一は思わず、胸の中にいる栞を抱き締める。
そして、その頭を優しく撫でた。

「ゴメン。流石にちょっと調子に乗り過ぎた」
「いえ。祐一さんが平気だったんなら、それで良いんです」
「ゴメンな、ホントに――」


暫くの間、そのままの体勢でいた。
やがて、祐一が口を開く。

「栞、そろそろ離れとけ。風邪が移る」
「そう、ですね」
「続きは俺の風邪が治ってから、な」
「祐一さんっ」

僅かに顔を赤くして、栞が叫ぶ。
それを見て、祐一が意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「もう。いつもの祐一さんに戻っちゃったじゃないですか」
「そうか?」
「そうですよ。それにですね、祐一さんも病気の時くらいはもっと我侭言ったり、甘えたりした方が良いんですよ、きっと」
「なんだそれ」
「何となく、そう思っただけです」

ふと、祐一は僅かな空腹感に気付いた。
体調はまだ回復していなかったが、食欲はあるようだった。

「じゃあさ、なんか食べる物作ってくれないか? 少し腹減った」
「そうですね――あ、アイス」

栞は、床に置かれたまま忘れられていたアイスを拾う。
中身を確認すると、多少柔らかくはなっているようだが、まだ原型は保っていた。

「アイスならすぐ出来ますけど」
「出来ますっていうか既に完成してるだろう」
「冗談です。えっと、台所お借りしても宜しいんでしょうか?」
「多分、大丈夫だと思うけど。秋子さんに聞いてみ」
「わかりました。それでは、待ってて下さいね」

アイスをテーブルに戻し、栞が立ち上がる。
後ろを向き、ドアに向かって歩き出したその時、祐一が呼び止めた。

「あ、栞。今度こそ『はい、あーんして』やってもらうから、そのつもりで」
「わかりました」

僅かに微笑んで、栞は部屋から出ていった。
バタン、とドアが閉まる。

「――半分、冗談だったんだが」

残された祐一は、そんな独り言を呟いた。

そして、テーブルの上のアイスに目が止まる。
暫く見ていた後、ベットから起き上がり、そのアイスを手に取った。

「ストロベリー味、ね」

再び独り言を言ってから、ビニール袋から木のスプーンを取り出す。
昨日のとは違う、柔らかいアイスを口に含んでみた。

やっぱり、冷たかった。

その冷たさも、火照った体には丁度良かった。



風邪も、アイスも、我侭も。

栞が戻ってくるまで一眠りしようと、祐一はベットに戻る。

場合によっては、良くも悪くもなるのかな、と。

眠りに落ちる直前、そんな事を考えていた。



update:03/04/20
last update:'07/08/21 06:42:42
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