普段大人しい人間ほど、
一度暴走し出すと一番危険――らしい。
(遠野志貴 想)

 

 

―MAD TEA PARTY―

LATER PART

「神は死んだですってえっ!!」

うわ恐わあっ!! というか、俺の心の叫びを何で聞きつけられるんですかっ!! 勿論、ニーチェの叫びを聞いたのは我らがシエル先輩。何か、もしかしたら神を冒涜する行為に無条件で反応するようなシステムを埋め込まれてるんじゃないかってくらい、反応が顕著だ。羅馬法皇府の人権とやらはどうなっているのか、今度是非とも問い質してみたい。

まあ、何か琥珀さんの危ないクスリの支配からは逃れられたとしても、今目の前にある危機は変わらない。今までの酩酊状態が一般人の混合ドラッグだなんて一泡も信じていない、教会の墓堀代行人には、非人間遺伝子を刻一刻犯人とする脊椎反射も埋め込まれているのだろう。つくづく、この先が読めて恐い。

「成程、愛しの遠野くんに会いに来たと思えばこの仕打ですか――貴方達、いくら遠野くんの気が引けないからって、やり方がちょっと野蛮なんじゃないですか」

うあ、薄笑い浮かべながら挑発してる。当然、赤い妹と白い吸血鬼が、そんな挑発に黙っているとは思えない。いや、俺のことは抜きにしてだ――俺は関係ないぞっ!! というか、いつから先輩のものになった、俺っ!!

「ふーん、泥棒猫の癖して妄想だけは一人前なんですね。兄さんは前世のその前から私のものだと決まってるんです」

嗚呼、秋葉の丁重な言葉使いが恐い――。というか前世の前世って、俺は秋葉のそういう純粋妄想的な所が一番恐いです、まる。

「あーっ、何が前世ですか。仏教思想反対ーっ、ヒンドゥー思想も不可ーっ!!」

うあ、今全世界の何億人かの人間を敵に回したぞ。というか先輩、転生という突いちゃいけないキーワード突いたお蔭で、言葉使いが幼稚くなってる――。

「こらー、わたしの真似は駄目ーー。シエル減点対象ーー。三回くらい惨殺決定ーーっ」

やばい、アルクも会話に加わり始めた――このままでは最悪、遠野屋敷の消滅も在り得る。ああ、もうその前にゼンブコワシタイキブンダヨ――って危ない危ない、反転衝動が目覚めるところだった。落ち着け――落ち着け――俺。ダイの大冒険でも言ってたじゃないか、魔法使いってのはパーティの中で一番、冷静で無いといけないと。

ほら、その証拠に翡翠も琥珀さんもあんな冷静に――。

「あはーっ、盛っちゃえーっ」

「姉さん、駄目よ。三人とも死んでしまうわ」

やばいっ、はっちゃけた琥珀さんが毒物によって全ての解決を図ろうとしている。嗚呼、唯一まともな翡翠の頑張りが涙腺に染みる――。

ああ、全てはアリスの意思なのか――。

って、何でアリス――もしかして、ARMSの右腕の少年みたいに、第二形態になって暴走しまくりという予兆なのかもしれない――ああ理性が持ちますように、俺。

しかし、この陶然とした状況を打破したのは、一人の可憐な少女の一言だった。

「これ以上騒ぐと、私が料理を作りますよ(ぼそ)」

一瞬、リビングが静まった後――お決まりのように秋葉の咳がこほんと一つ、鳴らされ、平静の内に、嵐は止んだ。

「ほらね、効果覿面でしょう」

「ひどいです――姉さん」

あっちで小声で姉妹喧嘩しているが、ほのぼのして良い感じだなあ。

「さて、あなた方たちには訳が分からないと思いますが、これは遠野家の絶対領域だということを、心に留めておいてください」

指名されたアルクとシエル先輩は更に何か言おうとしたが、秋葉が余りにも小刻みに膝を震わせているのを見て、口を噤んだようだった。恐怖は伝播するものだと実感。

で、いつまでも現実逃避しているわけにもいかないので、議題を本筋に戻す――前に、そもそもこのお茶会が何か知識にないシエル先輩が首を捻っていたので、俺が説明すると、何か凄く目が光った気がして一寸、いやあな気持ちがした。

「遠野くんの妹さんにぴったりのお話ですかあ。だったら、良い素材があります。1928年初版、S・S・Van・Dine著『The Greene Murdur Case』とか1932年初版、Ellery・Queen著『The Tragedy of Y』(注)なんてどうでしょうか。ほうら、妹さんにぴったりです」

「どちらも気狂いの血統を持つ家族で巻き起こる連続殺人事件を扱ったテキストじゃないですかっ!! 何の基準を持って『私にピッタリ』と判じるのか、理由をお聞かせ願いたいものですわっ!!」

(注)前者はグリーン[GREENE]家、後者はハッター[HATTER]家で巻き起こる典型的な血族ミステリィ。邦題はそれぞれ『グリーン家殺人事件』と『Yの悲劇』となっている。ハッターの帽子屋は、不思議の国のアリス[ALICE'S ADVENTURE IN WONDERLAND]の気違い帽子屋[MAD HATTER]からの引用だと思われる――志貴の懸念は、右腕の少年とは関係ないので――念の為(^^)

何ですとっ!! 何故、そんな危ない選択をするんですかっ!!

秋葉が撥ねつけるのも分かるが、それに意外な人物が反応。今まで、この場で一番の良識派と思われてきた洗脳探偵翡翠が抗弁開始。

「秋葉様、お言葉ですが――」

と、一言断ってからの彼女を、俺は一生忘れない。

「『S・S・Van・Dine』の作品で『THE GREENE MURDER CASE』と言えば同著『THE BESHOP MURDER CASE』に匹敵する名作ですよ奇怪な遺言状によって二十五年土地を離れられないという枷の中で険悪極まりない関係を醸成するに至った『GREENE』家で一族が次々と殺害されていく際のあの寒々とした空気と限定によって生まれる不快感や酩酊感は他の『Van・Dine』作品は愚か米国中を探してもそうは見当たらないという名作です迷走する捜査暗中模索の名探偵やがて最初の巧妙を見出すに至った犯罪分類書の発見から推理小説至上例のない九十八もの条項から成る覚書それらを巧に結び付けて表す真相告発劇のサスペンスフルな世界は二時間サスペンスなんてなんぼと言わんばかりの――」

恐わあっ!! 闊達に口を動かす翡翠がここまで恐いとは思わなかった。というか翡翠のミステリィ狂いがここまでとは思わなかった。正にマシンガンの如しだ――流石に秋葉も慌てたのか、必死で翡翠を留めにかかる。他の者たちは唖然とそれを眺めていた。ただ、琥珀さんは例外で、にこにこと笑っていた。妹のハッスルしている姿を見られて、これ以上の幸せはないという風に――って、こんなテンぱった妹が所望なんですかっ!! と思わず叫びたくなったが、いつ毒薬を盛られるかが恐くて、黙っていた。

この家で琥珀さんに逆らうということは、シアン化カリウムだろうと砒素だろうと何か効用の分からない毒性薬品も盛り放題、下手すると剃刀やナイフに破傷風菌や天然痘ウイルスを仕込まれかねない。アガサ・クリスティも真っ青だ。

「分かった、分かったから翡翠。私は決してグリーン家殺人事件を馬鹿にしてる訳じゃないの。今回の劇はそれで行くから――だからお願い、壊れたオルゴールのような高速演説は収めて頂戴」

秋葉はこめかみを抑えて懇願するようだったので、次の翡翠の一言は、琥珀さんを除いた皆を更に凍らせた。

「分かりました、秋葉様。では、次は『THE TRAGEDY OF Y』の解説に――」

「駄目ーっ、それは駄目よ翡翠、これは命令よ」

流石に命令と言われれば、流石に口を紡ぐしかない翡翠だったが、ミステリィの話題に至りここ一番の粘り腰が出てきたようだった。

「それは、了解しました。しかし――実は秋葉様のイメージなら『THE GREENE MURDUR CASE』より素敵な題材があることを私は知っているのですかの日本本格推理小説の金字塔で横溝正史氏著『獄門島』など寧ろ日本的な秋葉様には相応しいと思われます『獄門島』は先程説明した『THE BESHOP MURDUR CASE』の主題となった動揺殺人のオマージュとなった作品で俳句の歌詞に準えて名家の三人娘が次々と惨殺されていくという同氏の代表作として非常に有名なそれで第一の殺人で着物を着た女性が簾桜に逆さ吊りにされて無残な屍体を晒すという場面が秋葉様演じてみたいですよねああ秋葉様ならぴったりと思うのですああうっとり――」

うあ、全然分かってない――。

というかハイトランス状態の翡翠はとても恐いです。ああついさっきまで一番まともだと思っていたのに。

「む、無残な屍体――」

あ、秋葉が身体を震わせてる――怒ろうか、収めようか苦労している様子が、俺からはありありと感じられた。俺はもう、どうでも良くなっていた。これで琥珀さんがクスリィとか言いながら叫び出したらそれはそれで放ってはおけないが、秋葉と翡翠なら曲がり間違っても流血沙汰にはならないだろうから大安心。

だと思っていたのに、無神経な白い吸血鬼がそれを覆しやがる――。

「ははは、屍体で逆さ吊りで死んだふりーー、間抜けーー」

「何ですってえっ!! 私は、そんな役は御免ですっ!!」

アルクの受け言葉に買い言葉なのだろうが、それは結論として翡翠の魂に炎を注ぐことになった。炎となった翡翠は――。

「そんな秋葉様――横溝正史を足蹴にするって言うんですか?それで『獄門島』より米国製の気狂い家族連続殺人劇を望むんですか『グリーン家殺人事件』ですか? 所詮日本国のミステリィは米国のミステリィの模倣なんですか?勿論『獄門島』は先程も説明したとおり『THE BESHOP MURDUR CASE』の主題となった動揺殺人へのオマージュとして書かれた作品で完全なオリジナリティはありませんがミステリィに日本性を付加するという意味では大きく役立った筈です寧ろ日本人ならお茶漬けだと横溝正史先生はそのような精神を日本人に大きく植え付ける役割をはたしたのにそれを齟齬として米国産ミステリィに傾倒するんですか――私は悲しいです秋葉様御再考をどうか御再考をっ!!」

――無敵だった。

「分かった、分かったから翡翠――」

あ、さっきと同じ台詞だ――余程焦ってるんだろうな。

「私は国産のミステリィを否定してる訳じゃないの。ただ、屍体は主役かということを、もっと冷静になって議論したいだけ――」

「ああそんなことを言って秋葉様やはり米国産ミステリィの方がお好きなんですね屍体と言えばミステリィの花形かのアガサ・クリスティの名作『アクロイド殺害事件』でもタイトルに被害者の名前が最初に来るんです――これだけでもミステリィの主役が屍体だって言うことが完璧に証明されたも同じですそれを嫌がるということはやはり秋葉様は日本のミステリィがお好きではないのですね英国や米国のミステリィを所望なんですねすいません秋葉様不肖私何と浅墓な思考だったのでしょうかでしたら米国で魅力的な屍体の出てくる作品というものを一つ御紹介させて頂きます例えばかの――」

「ああそういえば私、お稽古ごとがあるのを忘れてましたわ。では、後は皆様で御歓談、御寛ぎ願いたく存じますわ。琥珀、送迎車の用意を」

あっ、秋葉のやつ逃げたなっ!! 場を収集できないと悟って逃げたなっ!!

「はいーっ、畏まりましたーっ」

全てを須らく知る琥珀さんは、もう他人の不幸を見るのが楽しくて堪らないという風に笑っている。ああ、昏い微笑が何とも言えずに魅力的に思うのは、もう俺がここまで錯乱してしまっているからなのだろうな。こうなったら俺も逃げなくては翡翠のミステリィ談義、ひいては密室講義や毒殺講義、ミッシングリンク講義なんて聞かされかねない。思案していると、墓堀代行人と白い吸血鬼はもう、割れた窓硝子から逃げる気まんまん。待って、俺を置いていく気ですかっ!!

「あ、きょ、今日は具合が悪いみたいだから帰るねーー、志貴」

「くぉら待て、真祖の姫が具合が悪くなるわけないだろうがっ!!」

「ごめんなさい。どうやら仕事が入ったようなのでまた後日です。さよならっ」

二人は逃亡関係だってことも忘れてとんずらモード。こうなれば俺もと思うと、後ろからがっしり肩を掴むのは当の翡翠ではありませんか。もう、逃げ場なし。

「志貴様だけは、私の心を分かってくださいますよね」

やだ、肯きたくない。そんなのやだっ!!

だが、そんな心の叫びも虚しくその日は深夜遅くまで俺の思ってた通りのことを翡翠に半強制講義され、地獄と反転の一歩手前をさ迷ったのだった。

先生、俺はもう――駄目みたいです。

 

200X年某月某日
琥珀の『志貴』さん観察物語より抜粋