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「明日、お弁当を作ってくるよ!」
「却下」
「却下ね」

即行で却下された。



お弁当を作ろう

written by 剛久




「ふたりとも、酷いよ〜」
「だって…なあ、香里」
「そうよ。 名雪がお弁当作ってきた日、ほとんど遅刻なのよ? わかってる?」

うー、それを言われると…。

「でも、遅刻じゃない日もちゃんとあったよ」
「ええ。 秋子さんに作ってもらったときね」

…痛い所を突かれる。

「弁当作るために遅刻するわけにもいないだろ。 諦めるんだな」
「でも、作りたいんだよ〜」
「駄目だ。 どうせ名雪を起こそうとして俺まで遅刻する羽目になるんだから」
「大丈夫だよ。 今度こそはきっと起きれるよ」
「根拠の無い断言はやめろって」
「でも、きっと大丈夫だよ」
「だから、根拠の無い断言は…」
「はいはい、ループしないの。
…で、名雪。どうしてお弁当作る、なんて言い出したのよ」
「うん。 実はね…」

ちょっと恥ずかしいから、祐一に聞こえないように小声で話す。

「お母さんが、祐一のハートを掴むにはお弁当を作るといいっていうから…」
「…あ、そう」
「おーい、ふたりで何話してんだよ」
「ううん、ちょっとね」

祐一は少し困った顔をしたけど、やっぱり恥ずかしいから言わない。

「…とにかく、弁当の話は無」
「いいんじゃない? 別に」

…香里?

「…さっきと意見変わってないか?」
「気が変わったのよ。 それに、あなたたちが遅刻しようと、あたしには関係無いもの」
「いや、だからってな…」
「ね、祐一、香里も賛成してくれたし、ねっ」
「でも、遅刻が…」

祐一、これだけ言ってもダメなの…?
…なんだか、少し悲しくなってきた。

「ねぇ、祐一、おねがい…」
「う…」

祐一の顔をじっと見つめる。
わたしの方が背が低いから、下から見上げるかたちになっている。

「………わかったよ」
「ホント、祐一っ? うれしいよー」
「うわっ、バカ、やめろって!」

嬉しくて、思わず抱きついた。

「…お弁当作らなくても十分じゃない」





















夜。
わたしは、明日のお弁当の下ごしらえをしていた。
時刻は8時ちょっと前。
いつもなら少し眠くなってくる時間だけど、今日は大丈夫。
お弁当のメニューは、鳥そぼろご飯に、ミニハンバーグ、卵焼きにポテトサラダ、
タコさんウィンナーとカニクリームコロッケ、それとうさぎさんリンゴ。







「おい、名雪ー。 なんか飲みも」
「わっ、祐一、こっちに来たらダメだよっ」
「な、なんだよ…あ、明日の下ごしらえか」
「そうだよ。 だから、祐一はこっちに来たらダメ」
「別に隠さなくてもいいだろう。 どうせ明日になったら嫌でも見るんだし」
「それでも、ダメなものはダメだよっ。 ほら、あっちにいってて」
「わかったよ。 じゃあ、なんか飲み物――コーヒーでいいや。 持ってきてくれ」
「うん、了解だよ」

祐一は、またリビングに戻っていった。
祐一はああ言ってたけど、やっぱり食べるときまで秘密にしておきたいよ。
そのあと、祐一にコーヒーを淹れてあげた。
わたしも飲んだから、もう少し起きていられると思う。






「あら、名雪。 まだやってたの?」
「あっ、お母さん。 …うん、もう少しだよ」

さっきまで部屋で仕事をしてたみたいだけど、もう終わったのかな?
…なんの仕事かはわからないけど。

「そう。 でも、明日は早く起きるんでしょう? だったらもう寝ておかないと、起きれなくなるわよ」
「うん、そうだね。 でも、もう少しだから」
「それなら、あとは私がやっておくから。 それでいいでしょう?」
「…うん、じゃあ、お願い、お母さん。 ホントはわたし、もう眠くて…」

今日はいつもより張り切ってたから、少し疲れたのかもしれない。
素直にお母さんの意見を受け入れることにした。

「あらあら。 明日はちゃんと起きれるかしら」
「うー、大丈夫だよ。
…でも、明日は6時に起こしに来てね。 ちょっと自信無いから」
「はいはい。 じゃあ、おやすみなさい、名雪」
「うん、おやすみなさい」



寝る支度をしてから、ベットまでやってきた。
持っている目覚まし時計を、すべて5時50分にセットする。
この時間なら、もし起きれなくても10分後にお母さんが来てくれる。


6時。
改めて考えると、不安になってきた。
思い返してみると、ここ数年、6時なんで早い時間に起きたことが無いような気がする。
前にお弁当を作ったときは、たしか7時半に起きた。
その前は…やめよう。
朝、香里が言っていた通り、お弁当を作った日はことごとく遅刻している。
やっぱり、下ごしらえをするために前日の寝る時間が遅くなるのが原因だと思う。
今日はお母さんのおかげでいつもと変わらない時間に寝る事が出来るけど。
それでも、6時なんて時間に起きたことはないから。

…ふう。
ひとつ、深呼吸。
考えていても、早く起きることなんて出来ない。
やっぱり、早く起きるためには早く寝るのが一番いい。
そう考え直し、布団をかぶる。
…おやすみなさい。






























「…ゆき。 名雪。 起きなさい」

声が聞こえる。
あったかくて、優しい、お母さんの声。

「…うーん…。 お母さん…」
「ほら、名雪。 お弁当作るんでしょう? 早く起きなさい」

お弁当…。

「そうだ、お弁当! お母さん、今何時?」
「6時に起こせって言ったの、名雪でしょう? 下ごしらえは終わってるから、早くしなさい」

6時…!
やった、わたし、起きれたんだ!

「うん、すぐ行くよっ。 お母さんは先に行ってて」


台所には、ちゃんと準備が出来ていた。
あとは、手順に従ってお弁当を作っていくだけだ。
作り方は、もう昨日の内から何度もシミュレートしてある。
頭の中に浮かべたお弁当を、実際に作っていった。




じゃむ…。

そうだ、イチゴジャム。
イチゴジャムも入れよう。

「お母さーん、イチゴジャム持ってきてー」

ぢゃむ…。

「はい、名雪。 持ってきたわよ」

謎ぢゃむ…。

「お、お母さんっ、それじゃない! イチゴジャム、イチゴジャムだよっ!」
「このジャムの方がおいしいわよ。 祐一さんも喜んでくれるわ」

ダ、ダメだよっ!
いくらお母さんが言っても、そのジャムだけはダメっ!

謎ぢゃむ…。

だから、ダメだって言ってるのに!

「ほら、名雪、早く入れないと遅刻するわよ」

入れなくても、遅刻しないよっ!
わっ、お母さん、そのジャム持って笑いながら歩いてこないでっ。
笑顔が逆に恐いよっ。

「ほら、名雪…」

わーっ、やめて、やめてよっ!

「そのジャムはやめてっ!!」

ガバッ!

「おおっ、本当に起きるとはな…。 さすが謎ぢゃむだ」
「あれっ、祐一…? どうして祐一が…」

えっと…たしかわたしはお弁当作ってて、それでお母さんが…。
辺りを見まわす。
わたしの部屋。
台所でもなければ、お母さんもいないし、あのジャムも無い。

…夢、だった?

「まったく、朝っぱらからあんなデカイ音出すから、俺まで起きてしまったじゃないか。
それでここに来てみれば、お前はぐっすり眠ってるし…。 仕返しに耳元で『謎ぢゃむ』と連呼してやったぞ」

…。
ああ、だから途中からあんな風になったんだ、とか思ったりした。

「しかし、本当にあれで起きるとはな…。 まだ6時だってのに」

…あ。

「祐一、今何時?」
「あ? だから、6時だって言ってるだろ。 やっぱり時間が早過ぎてまだ眠ってるのか?」

なんか酷い事言われてるけど、気にしない。
やった、ホントに起きれたんだっ。
祐一のおかげだよ。

「ありがと、祐一っ」
「え? お、おう」

うふふっ、これで香里に自慢出来るよ〜。

「あら? 名雪、起きてたの?」

あ、お母さん。
お母さんもわたしを起こしに来てくれたみたい。

「うんっ、祐一に起こしてもらったんだよ」
「そうなの? ありがとうね、祐一さん」
「い、いえ、俺は別に…」

なんか祐一、慌ててるけど…。

「じゃ、じゃあ、俺はこれで。 名雪っ、2度寝とかするなよっ」

そう言い残して、祐一は部屋を出ていった。
どうしたのかな、祐一。

「ところで名雪。 お弁当、作らなくていいの? 時間無くなるわよ」

あっ、そうだったっ。

「忘れてたよっ。 早くしないと」
「あらあら」

よーし、じゃあ、お弁当を作ろう!
下ごしらえは、昨日のうちに終わらせてある。
途中で寝ちゃったけど、お母さんにやってもらったから大丈夫。
頑張って、祐一に『おいしい』って言わせるよっ。



お弁当は、朝ご飯前に作り終わった。
これがホントの、朝飯前、ってね。






















「祐一、お昼だよっ!」
「よし、さっそく飯だ。 弁当をよこせ!」
「わっ、祐一、勝手に鞄開けないでっ。 ちゃんと祐一の分もあるから」
「いや、冗談だ」

もう、祐一、自分勝手なんだから。

「はい、祐一」
「おう、サンキュ。 さーて、食うか」

二人揃って、お弁当のふたを開けた。

ジャム。
中身全てがジャム。
ごはんも、おかずも、デザートも、全部ジャム。
わたしたちのお弁当は、不吉な、というかむしろ邪悪なオレンジ色に染まっていた。
…ど、どうして?
どうしてお弁当の中身が変わってるの?
たしかにジャムは入れてきたと思ったけど、このジャムじゃない。
まさか、お母さんが…。
いや、お母さんはそんな事しないはず。
でも、目の前にはオレンジ色の悪魔が。

「ほら、名雪、食えよ」

祐一がスプーンを近づけてくる。
スプーンにはもちろんジャムが。

「わあっ、祐一、やめてっ!」

悲鳴をあげる。
それでも祐一は止まらない。
祐一、やめて、やめてよっ!





…。
目の前にはジャムが。

「はあっ、やっと起きたぁ…」

…あれ?
ここは…どこ?

「っと、安心してる場合じゃなかったっ。 おい名雪っ、早く着替えて、鞄持って来いっ!」

え? 着替え? 鞄?

「ボーっとするな! いいから早くっ! 頼むからっ」

祐一が叫ぶ。
なんだかわからないけど、凄くあわててるみたい。

「わ、わかったよっ」

急いで階段の方へ向かう。

たしかにここはわたしの家だった。
どうやらわたしはテーブルで寝ちゃってたみたい。
やっぱり早く起き過ぎたかな?


部屋に戻って、すぐに着替え始める。
さすがに制服じゃお料理できないから、まだ着替えていなかった。

着替えたあと、机の上にある鞄を手に取る。
鞄の中身はいつも寝る前に準備してるから大丈夫。
…大丈夫?

「わっ、大丈夫じゃないよっ!」

昨日はお弁当の下ごしらえをして、部屋に戻ったあとすぐに寝てしまったはずだ。
当然、準備なんかしていない。
急いで今日の時間割を確認する。
幸い、昨日と同じ授業が多かったから、割と早く終わった。

ふと、時間が気になって、時計を見た。
8時20分。
…。

「わっ、わっ、遅刻だよっ!」

鞄を持って、あわてて部屋を出た。





「…名雪…遅い…」

わあっ、祐一っ!?
食卓へ行くと、祐一はパンを食べていた。
食べていたのはいいけど、その上にはオレンジ色のジャム。

「じゃあ、秋子さんっ、名雪来たんで、失礼しますっ!
ほら、急ぐぞ、名雪っ。 時間無いんだ」

祐一は急に立ち上がると、そう叫んだ。

「う、うんっ。 じゃあ、いってきます〜」

祐一のあとを追って、玄関へ向かう。

「名雪、お弁当忘れてるわよ」
「わっ、そうだったっ! お母さん、ありがとっ」

急いで2人分のお弁当箱を鞄に詰める。

「じゃあ、今度こそ、いってきます」
「いってらっしゃい。 気を付けてね」

後ろから、お母さんの声が聞こえてきた。











「ねえ、祐一。 どうしてあのジャム食べてたの?」

走りながら祐一に聞いてみる。
いつもより早いペースだけど、まだ喋る余裕はある。

「…それは聞かないでくれ」

祐一は見るからに辛そうな顔をする。
…一体、何があったんだろう。

「えー、気になるよ」
「…とりあえず、名雪のせいだとだけ言っておく」
「わたしのせい?」

…何かしたっけ。
心当たりは、何も無いと思う。

「お前が寝るから悪いんだ。 …それ以上聞くと謎ぢゃむ食わせるぞ」
「それは絶対に嫌」

きっぱりと言う。
祐一は、わたしの言葉にちょっと驚いたみたい。
あ、そういえば、食べる、で思い出した。

「わたし、朝ご飯食べてないよ〜」

…祐一が、一瞬凄く悲しい顔をした。
ホントに、今朝何があったんだろう。
でも、すぐにいつもの調子に戻る。

「自業自得だ」
「うーん…そうだね。 お弁当作ってたんだから、仕方ないよね。 そのかわり、お弁当いっぱい食べるよ〜」
「好きなだけ食ってくれ」
「祐一の分、無くなっちゃうかも」
「なんだ、俺の弁当まで食う気か?」
「ううん、違うよ」
「…まあいいや。 喋ってないで急ぐぞ。 このままじゃ危ない」

たしかに、そろそろ予鈴が鳴るかも知れない。
でも、学校まであと少し。

「うん。 今日こそは遅刻しないよ」

先に加速した祐一を追って、わたしもペースを上げる。
このペースなら、なんとか間に合いそう。






「…セーフッ!」
「間に合ったよっ」

ギリギリ35分。
まだ先生は来ていない。

「嘘…」
「あの水瀬が…」

わたしたちの席の近くで、香里と北川君が驚愕している。
よく見ると、クラスのほとんどが、まるでお化けでも見たような顔でこちらを見ている。

「うーん、やっぱり遅刻すると思われてたみたいだな」

言いながら、わたしたちの席の方へと向かっていく。

「名雪…。 あなた、よく起きれたわね」

うー、香里、冗談じゃなく本気で言ってるよ…。

「わたしだって、やるときはちゃんとやるよ」
「それはそうかもしれないけど、寝ることに関しては別でしょ。 どうやって起きたのよ?」
「うん、祐一に起こしてもらったんだよ」
「へえ…。 相沢君、どんな手を使って起こしたのかしら? この眠り姫を」

わっ、香里、絶対変なこと考えてるよ。

「…知りたいか?」
「そうね。 是非聞きたいわ」
「…あのぢゃむを使った」
「………そう」

それ以上、香里は何も聞かなかった。










「祐一、お昼だよっ」
「ああ、そうだな」
「今日は、お弁当だよっ」
「ああ、そうだな」
「祐一、そればっかり」
「ああ、そうだな」
「どこで食べようか?」
「ああ、そうだな」
「ここでいいよね?」
「ああ、そうだな…って、ここ教室だぞ? ここで食う気か?」
「うん。 だって、お腹ぺこぺこだもん」

今日は朝ご飯を食べてないから、なおさら。

「…どこか別の場所にしないか?」
「どうして?」
「いや、ほら…。 周りの視線とか、気にならないか?」

祐一はそう言ってるけど。

「別にそんなことないよ。 いいから、早く食べようよー」
「いや、だから…」
「大丈夫よ、相沢君」
「…何が」

席を立ち、香里が言う。

「だって、みんな知ってるもの。 あなたたちの2人のことは。
…じゃ、あたし学食だから」

そう告げて、去って行った。

「それじゃあ、オレも行ってくるか。 相沢、頑張れよ」

ついでに、北川君も。

「祐一、わたしたちも食べよっ、早く」

さすがに朝ご飯抜きはつらい。
もうそろそろ限界だ。
それに、早く祐一に食べてもらいたいから。

「ああもう、わかったよ。 食うよ、ここで」
「うん。 じゃあ、机くっつけるよ」

祐一の机とわたしの机をくっつける。
わたしは、祐一の方を向いて座った。

「はい、お弁当」

そして、鞄からお弁当箱を取り出す。

「おう」
「…」
「…」
「…」
「…あの、名雪?」
「どうしたの?」
「俺の分は?」
「これだよ」

目の前のお弁当箱を指差す。

「名雪の分は?」
「これ」

指を動かさずに答える。

「…もう一度聞くぞ。 俺の分は?」
「だから、これだよ」

やっぱり同じお弁当箱。

「…そうか。 名雪は学食か」
「違うよ〜、わたしもお弁当だよ」

祐一、何言ってるんだよ。

「俺の目には、1つの弁当箱しか映っていないんだが」
「だって1つしかないもん」
「…つまり、2人で同じ弁当を食え、と」
「うん、そうだよ」
「…マジか」

祐一が頭を抱え込む。

「…どうして同じ弁当箱なんだよ」
「家にちょうど2人分くらいのお弁当箱があったからだよ」
「それだけか?」
「あと、こっちの方がかさばらないし」
「…俺は名雪を甘く見過ぎていたようだな」

祐一、酷いこと言ってる?

「…はぁっ、もういい、吹っ切れた。 何があっても驚かないぞ」
「とにかく、早く食べようよ」

もう限界だよ〜。
急いでお弁当を開いた。

「へえ」

祐一が感嘆を洩らす。
じゃあ、お箸を用意しよう。
用意しよう。
用意…。

「…ゴメン、祐一。 お箸、1膳しか持ってきてないよ…」
「…え?」

お弁当箱が1つしかないから間違えちゃったのかな。

「でも、いいよね。 2人で交互に使えばいいよ」
「………はい?」
「ちょっと恥ずかしいけど…。 祐一だから、別にいいよね」
「…」

祐一が固まる。
…開いた口が塞がらない、っていうのは、こういうことなのかな?

あっ、そうだ。
今、ふと思い出した。
前からやってみたかったことがあったんだよ。

「ねっ、祐一。 あーん、して」
「なッ…?」

わ、祐一、顔が真っ赤。
おかずを差し出されたまま、固まってる。
うーん、そんなに恥ずかしいのかな?
でも、食べてもらわないと、わたしが食べられない。

「ほら、祐一、早く食べて。 わたしだって食べたいんだから…」
「くっ…。 わ、わかったよ…」

祐一は、目を閉じて、口を開く。

「はい、あーん」

パクッ。

「どう、祐一。 おいしい?」
「ああ…。 美味い…かもしれない」

祐一、曖昧だよ。

「なあ、名雪。 ちょっとこれは…恥ずかし過ぎるぞ」
「うー…。 だって、やってみたかったんだもん」

言いながら、わたしも食べてみる。

「うわ、本当に使いやがった…」

うーん、ちゃんとおいしく出来てると思うんだけどな…。

「ほら、祐一ももっと食べて」

卵焼きを差し出しながら言う。

「勘弁してくれ…。 これなら素手で食った方がマシだ…」
「それはお行儀が悪いよ…」
「ああもう、どうにでもなれっ!」

パクッ。

「これはどう?」
「美味い…ような気がする」

また曖昧。
祐一、素直じゃないから、仕方ないかな。
わたしも再び食べようとする。

「と、そうだ。 祐一もわたしに食べさせてよ」

わたしが食べさせてばっかりじゃ、不公平。

「…本気で言ってるのか?」
「もちろんだよ。 はい、お箸」

祐一にお箸を手渡す。

「…まさか、こんなことになるとはな…」
「祐一、早くっ。 お腹空いてるんだから」
「…何がいいんだ?」
「うーんとね…。 じゃあ、タコさんウィンナー」

祐一と同じように、目を瞑って、口を開く。

「…ほら」

パクッ。

「うん、おいしいよ」

冷凍食品だけど、ちゃんと調理してあるから。

「…俺、もう明日から学校来れないわ」
「登校拒否は良くないよ。 はい、今度はわたしの番」

祐一からお箸を取る。

「えっと、次は何がいい?」
「…別になんでもいいよ」
「じゃあ、ご飯だよ。 そぼろ落ちるから、口おっきく開けてね。 はい、あーん」
「…その掛け声はやめてくれ…」

2人分のお弁当箱が空になるまで、そんなやりとりを続けた。













「…それでね、お箸が無くて大変だったんだよ」

夕御飯。
わたしは、お母さんに今日の出来事を話していた。

「あらあら。 それじゃ、どうしたの?」
「うん。 仕方ないから、2人で同じお箸を使ったよ」
「…わざわざ言わなくてもいいのに」

お昼のことを思い出したのか、顔を赤くした祐一が言う。
祐一、ずっと顔真っ赤だったからね。

「うーん…。 でも、楽しかったからいいよね」
「そう。 良かったわね」
「はぁ…。 せめて誰もいない所でやってほしかったよ、あれは」

祐一が呟く。
誰もいないところ…。

「じゃあ祐一、今度2人でどこか出掛けようか?」
「どうしてそうなるっ?」
「だって祐一、誰もいないところがいいって…」
「…いや、それはあくまでアレをやるならの話で…。
あんな恥ずかしいこと、2度とゴメンだ」
「うー、残念」

せっかく祐一とお出かけできると思ったのに。

「…でもまあ、弁当作ってくれるのは、悪い気はしないけどな」

え?

「祐一…ありがと」
「あ、ああ。
…それにしても、どうして箸1膳しか入ってなかったんだろうな」

祐一に言われて、思い出す。
そういえば、朝、眠っちゃってたんだよね、わたし。
たしか、お弁当を完成させた所までは憶えてるんだけど…。

「うーん…。 よく考えたら、わたしお弁当作ったところまでしか記憶にないよ」
「お前、寝てたからな。
…って、じゃあ、誰が箸入れたんだ?」

そういえばそうだ。
わたしは1膳もお箸を入れてない。
わたしじゃなくて、祐一でもなかったら…。

「ね、お箸入れたの、お母さん?」
「ええ、そうだけど」

そうだけどって、お母さん…。
お母さん、さっき話聞いて驚いてたと思うんだけど…。
…もしかして、確信犯?
そもそも、お弁当作ればって言ったのお母さんだし。

「…あの、秋子さん」

祐一も疑ってるみたい。

「そういえば祐一さん」
「は、はいっ?」
「あのジャム、気に入ってくれたみたいですね」
「…はい?」
「今朝、どうしても食べたいって言ってたじゃないですか」
「いえ、あれは、その…」
「明日から、朝食のときに用意しておきますね」
「…マジですか」
「はい」
「…なゆきぃ〜…」

…祐一、涙目。

「名雪が全然起きないから…」

そっか…祐一、わたしを起こすためにあのジャムを持ち出してたんだ。
…でも、どうしてあのジャム?
わざわざあのジャムを持ち出したのがいけないんだと思うけど…。

「…それは、祐一が悪いと思うよ…」
「…人の気も知らないで…」





…いろいろ失敗もあったけど。
とりあえず、お弁当は成功、かな?







…しばらくの間、祐一は朝食にあのジャムを食べさせられていた。



- Fin -



update:03/04/20
last update:'07/08/21 06:42:43
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