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「漫才だ」
「はえ〜…」
「…」

予想通り、佐祐理さんはよくわからないといった顔をし、舞は特に気にした風も無く弁当を食べ続けている。



漫才道

written by 剛久




舞に漫才をやらせる。
俺のこの突拍子も無い提案は、実は『川澄舞 校内人気者化計画』の一環なのだ。
今の舞の悪いイメージを払拭するためには、日本の伝統、漫才しかないだろう。

とはいえ、いきなり人前でやらせるわけにはいかない。
まずは、知り合い――佐祐理さんの前でやらせてみることにする。

「というわけで、舞にはこれから漫才をやってもらう」
「漫才なんてやったことない」

今まで黙々と弁当を食べていた舞が口を開く。

「大丈夫だ。 これから練習する」
「祐一さん、漫才なんてできたんですか?」
「ああ、こう見えても漫才師検定の準2級を持っている」

そんな資格、聞いたこともないが。

「はえ〜…。 すごいですね」
「よし、じゃあさっそく始めるぞ。 そうだな、まずは基本のつっこみからだ」

とりあえず、佐祐理さんの前に2人並んで立つ。
漫才の一般的な立ち方だ。




「いやー、最近寒い日が続きますねー」
「…」

舞のリアクションが無いが、かまわず続ける。

「最近どんどん寒くなってますからね。 1月にこれだけ寒い日が続くと、8月にはどれだけ寒くなるんでしょうね?」
「…」
「…」
「…さあ」
「…舞、ここはつっこむ所だ」
「…?」


さすがにいきなりやらせようとしても無理らしい。

「じゃあ、とりあえず見本を見せるか。 ――佐祐理さん、舞の代わりを頼む」
「あ、はい。 わかりました」

佐祐理さんなら、このくらいわけなくこなすだろう。
気を取り直して、もう一度。




「いやー、最近寒い日が続きますねー」
「そうですねー」
「どんどん寒くなってますからねー。 1月がこれだけ寒いと、8月にはどれだけ寒くなるかわかりませんね」

「あははーっ、8月が寒くなるわけないじゃないですか。 祐一さん、頭悪いですねー」

「…」

なんだか心が痛いんですが。

「あの、佐祐理さん…?」
「えっと、こんな感じでいいんでしょうか?」

目の前には、いつも通りの佐祐理さん。

「…はい、いいです…」

悪夢を見ていた気分。

「…と、とにかく。 この場合、8月が寒くなる、という所がおかしいわけだ」

ボケを説明することほど寒いものは無いが、この場合は仕方ない。
下がってしまったテンションを戻すため、少しオーバーに説明する。

「そこで、今みたいに指摘するわけだ。 わかったか、舞?」

舞にも今の佐祐理さんみたいに言われたら、正直立ち直れないかもしれないが。

「…わかった。 もう1回」

舞も少しやる気が出たようだ。
再び、佐祐理さんの前に立つ。




「いやー、最近寒い日が続きますねー」

違うネタにしようかとも思ったが、そうすると舞がついてこれなくなるだろうから、止めておく。
そもそも、漫才のネタなんてあまり持ってない。

「どんどん寒くなってますよね。 1月でこんなに寒いと、8月にはどれだけ寒くなるんでしょうね?」
「…違う」
「…」
「…」

さっきとはまた違う、冷めた空気が漂う。

「…うーん、なにか違うな」

そもそも、舞に漫才をやらせようということ自体間違っているような気もしてきたが。

「ちゃんと指摘した」

たしかに、舞にこれ以上を望むのは難しいだろう。
だとすると…。

「そうだ、アクションだ。 動きが無さ過ぎる」
「どういうこと」
「ほら、テレビでよくやってるじゃないか。 こんな風に」

そう言って、舞の方に手の甲を向ける。
やはりつっこみといえばこれだろう。

「…見たことある」
「よし、じゃあもう1回だ」

今日4回目の漫才が始まる。




「いやー、最きゴフェッ!!

舞の逆水平チョップが綺麗に決まる。

「つっこみ」
「ゲホッ、ゲホッ!」

なんか色々間違ってる。
けど、うまく喋ることができない。
…涙出てきた。
俺、なにか悪いことしたっけか?

「ダメだよ、舞っ。 そんなに強く叩いちゃ」

佐祐理さんがフォローしてくれる。
良かった…。
これで見捨てられていたら、人間不信になりそうだった。

「ほら、ちゃんと謝って」
「…わかった」

舞も非を認めたようだ。
舞が謝る。

「ごめん。 …佐祐理」

…佐祐理さんに。

「うん、わかったらいいんだよ」

俺に謝罪は無しッスか。
ああ、そうですか。
佐祐理さんもそのまま流すし。

「ところで祐一さん」
「…はい、なんでしょう…」

やっとのことで声を絞り出す。
ちなみに俺は床に這いつくばったままだ。

「佐祐理の作ったお弁当、食べないんですか? まだ残ってますよ」

見上げると、そこには本当に屈託無い、天使のような笑みが。
まるで一連の事件をまったく気にしていないかのような、素敵な笑顔。
…あなたは人の皮を被った鬼ですか。

「…いえ、もう結構です…」

泣いた。
顔で笑って、心で泣いた。
まだ消えぬ痛みで歪んだ笑いではあったが。

「…どうしたの」

舞は舞で、すでに弁当を食っていた。
この2人って、こんなキャラだったけ。
というか、俺は漫才をやろうって言っただけなのに。
…なんか、もういいや。
母さんのいる外国へでも逃げよう。
舞にやられた痛みに耐える気力も無くなり、フェードアウトする意識の中、俺はそんなことを考えていた…。



- Fin -


update:03/04/20
last update:'07/08/21 06:42:44
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