waiting for you
written by 剛久
ビュウ、という音を聞いて、祐一は窓へと近付いた。
ガラス越しの風景は、もはや白としか形容出来ないような、そんな天候だった。
「まったく……わざわざ今日荒れなくても良いのにな」
誰へともなく、祐一は呟く。
窓の外の吹雪に文句を言っても仕方ないが、それでも口からこぼれてしまう。
この日、祐一と栞は、休日という事で二人で出掛ける約束をしていた。
待ち合わせの時間までまだかなりの時間があるとはいえ、この天気を見ると憂鬱になる。
このままだと、今日は中止かもしれないな。
そんな考えが頭を過る。
祐一としても、栞と出掛けるのは楽しみだが、流石にこの天候ではそう考えたくもなった。
「ゆういちー、朝ご飯食べないの?」
そんな名雪の声が聞こえ、祐一はひとまず気持ちを切り替える事にした。
まだ出発までは時間がある。
それまでに、多少でも落ち着いてくれれば、と祐一は願った。
数時間が経ち、幸いな事に天候はかなり回復していた。
今はもう、雪は降っていない。
この分だと、昼までには太陽も拝めるかもしれない、と思った。
とりあえず一安心して、祐一は出掛ける支度を始めた。
ふと、
祐一の中にある一つの情景が浮かんだ。
それも、最悪な部類の。
「まさか、な……」
祐一は即座にその可能性を否定しようとしたが、一度考えてしまったものは、どうしても消えようとはしなかった。
心のどこかで、それを肯定している。
居ても立ってもいられなくなった祐一は、慌てて支度を済まし、水瀬家を後にした。
今日くらいは、栞が定時刻に来てくれるという事を信じて。
流石の栞でも、あの天候で待っているとは考えにくかった。
しかし、万が一という事もある。
『でも、私は待つことは嫌いではないです』
以前、栞はそう言っていた。
『でも…待つことさえできなかった人だっているんですよ』
たしかに、当時の栞はそうだったかもしれない。
でも、今の栞には、今日が終わってもまた明日がある筈だ。
確かに一日は大切だが、その日一日の為に、ずっと前から待っている必要なんて無い。
それに、それで身体を壊したりしては、元も子も無い。
そんな事を漠然と考えながら、目的地へ向かって祐一は走る。
「栞……」
祐一の予感は、的中していた。
その場所に一人佇む、ストールの少女。
「あ、祐一さん……。 早かったですね、まだ待ち合わせ時間まで暫くありますよ」
そう言って笑う栞は、どこか儚げに見えた。
祐一は無言で近付いていく。
そして栞の前に行くと、まず事実を確認しようとした。
「栞。 お前、何時から居た?」
「えっと……ちょっと前からですよ」
祐一は、そっと栞の頭を撫でた。
それに反応して、栞が僅かに首を窄める。
「だったら、この髪についてる氷はなんだ?」
「あ……」
「やっぱり、あの吹雪の中、待ってたんだな……」
「一応、雪は払ったつもりだったんですけど……髪の毛まで凍ってるとは、盲点でした」
勿論、髪の毛が凍る筈はなく、それは髪に付着した雪が体温で溶け、再び凍ったものだった。
だが、それはつまり、雪が降っている時間にこの場所に居た、ということだ。
どうして待っていたのか、という事は、祐一は聞かなかった。
自惚れかもしれないが、その程度の理由などすぐにわかる。
だから代わりに、栞をそっと抱きしめた。
「栞。 こんな事で無理して、身体壊したりしたらどうするんだ」
「えっと、でも……」
「早くから待ってなくたって、俺はきっと来る。 ちゃんと時間通りに居れば良いんだ。 それに、俺だって、出来れば栞と早く会いたいし、長く一緒に居たい」
「祐一さん……」
「だからさ、栞。 無理はするな。 まだ完全に治ったわけじゃないんだし。 栞に倒れられたら、それこそ困るぞ」
「……はい、そうですね……済みません」
「ま、今回はまあ、過ぎた事は仕方ない。 それより、折角待ち合わせ場所に二人揃ったんだから、何処か行かないと損だな」
「あ、はい……。 それもそうですね」
そうして、二人は歩き出した。
「でも、祐一さん。 ああ言ったんですから、今度から遅刻はしませんよね?」
「う……善処する」
「祐一さん、言ったことはしっかり守って下さいねっ」
- Fin -