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捻れた想い

written by 剛久




いつものように、部活を終えて、家に帰る。
リビングまで来て、美坂香里が壁の時計を見上げた。
少しだけ部活が長引いたせいで、そろそろ夕食の準備をしないといけない時間だった。
一度部屋に戻り、普段着に着替える。この季節、帰ったばかりで暖房が効いていないこの部屋では、服を脱がなくても寒いくらいだった。素早く着替えを済まし、台所へ向かう。

余り食欲は無い。しかし、最近は昼食を抜くことが多かったので、無理にでも食べておいたほうが良いと思った。
台所へ来て、夕食を作り始める。もう慣れた作業。小さい頃から両親が家を空けることが多かったので、
自然と自分で食事を作るようになっていた。
機械的に、平均的な女性一人が食べる量よりもずっと多く作る。冷蔵庫の残り物から作ったので、すぐに完成した。
それを、一人で食べる。
食べ終わると、食器を台所に戻した。戻しただけで、まだ洗わない。洗うのは後にして、部屋に戻ることにする。

最近、全ての行動がルーティン化していているような気がしていた。しかし、それに抗うようなことはしなかった。何も考えずに済むのなら、その方が都合が良かった。
自分の部屋に入ると、音を立ててドアを閉める。何かの合図のように、バタンと軽く響いた。

食器を洗うまで1時間もあれば十分だと思い、それまで勉強をすることにした。
確か、明日は化学の小テストがあった筈だ。範囲を確認し、問題集を解く。
いつも予習・復習を欠かさない香里にとっては、それほど難しく感じられない問題ばかりだった。10分で全て解き終えた。
椅子の背に寄りかかり、軽く溜息をつく。僅かに感じていた緊張が解ける。

その為か。
今まで意識的に意識しないようにしていたのに。
ふと気が緩んだ香里の頭に、今日自らが放った台詞が甦る。

『……あたしに妹なんていないわ』

もう一度最初から解き直そうと、問題集を開く。しかし、たった今解いたばかりで、答えも全て覚えてしまっている。
集中しようとしても無理だった。一度考え始めてしまうと、連鎖的に別の思考が割り込んでくる。

『この街は、悲しいことが多かったから……』

椅子から立ち上がる。兎に角集中する為に、別の作業をすることにした。
辺りを見回すと、壁に埋め込まれた押入れのドアが目に止まった。確か、この中はもうずっと整理していなかった筈だ。乱雑になっているかもしれない。片付けようと思った。


香里が中学に上がったときのこと。
それまで、姉妹二人で二つの部屋を共有していた。片方は寝室、もう片方は勉強部屋。寝るときも一緒に、勉強するときも一緒にということで、そんな配置になっていたのだと思う。
しかし、中学に入るとそうもいかなかった。勉強量も増えるだろうし、それにそろそろ姉妹でもプライベートな空間が欲しくなってくる。そんな香里の提案で、そのときから二つの部屋を別々に使うようになった。
今香里が使っている部屋は、以前の勉強部屋だったところだ。


押入れの中を覗いてみる。予想していた程では無かったが、それでも多少汚く見える。出来るだけ空間を有効利用する為に、一度中身を全て出してから、最適化して戻すことにした。
中身は、小、中学生の頃のものがメインだった。記念に取っておいたものもあれば、リコーダーなどの捨てにくいものもある。一瞬吹いてみようかとも思ったが、汚そうだったので止めておいた。
ダンボールに詰め込まれている教科書類は一度全て出し、隙間が無くなるように戻していく。その余ったスペースに、入り切らずにはみ出していたものを入れる。

半分程片付けたところで、一度溜息を付いた。結構な量があるので、流石に疲れてくる。
ふと、たった今満杯になったダンボール箱が目に止まった。一番上にある冊子を何気なく手に取ってみる。表紙には、『作文集』という文字と10年程前の年号が印刷されていた。懐かしさもあって、中を開いてみる。
パラパラとめくると、所々に赤い字で添削されているのが見えた。昔はどんな文章を書いていたのかなと興味が湧き、少しだけ読んでみることにした。
一つの作品の頭を見つけ、タイトルが目に入る。


『わたしのお姉ちゃん』

一瞬、心臓が止まった気がした。
冊子を持つ手が震える。止まった筈の心臓が、その反動か平常時以上に動き出す。
それでも、意思に反して目だけは文章を追う。


わたしのお姉ちゃん
           三年二組 美坂栞

わたしのうちはお父さんとお母さんはあまりいません。ふたりともおし事がいそがしいからです。だから、先生は家族のことを書きなさいといったので、お姉ちゃんのことを書こうと思います。
わたしのお姉ちゃんは、やさしいし、頭がいいし、び人です。わたしはよく勉強を教えてもらいます。いっしょに勉強をするのは、たいへんだけどお姉ちゃんといっしょにできるのがうれしいです。
わたしは体が弱いので、よくびょう気になります。びょう気になっても、お父さんとお母さんはいないけど、いつもお姉ちゃんがいてくれます。このまえねつを出してしまったときは、アイスクリームを買ってきてくれて、
「栞、早くよくなってね。」
といってくれました。そのときは、とてもうれしかったです。
あと、ふつうの日はお姉ちゃんといっしょにごはんを作ります。ごはんの時間になってもお母さんは帰って来ないからです。でも、お姉ちゃんといっしょにごはんを作るのは楽しいからへいきです。わたしはあまりうまく作れないけど、お姉ちゃんのおてつだいをします。できたら、いっしょに食べます。
このことをみっちゃんにいったら、
「栞ちゃんのお姉ちゃんって、すごいね。」
っていってました。わたしもそう思います。わたしは、そんなお姉ちゃんみたいになりたいなあって思います。
わたしは、お姉ちゃんのことが一番大好きです。


栞ちゃん、あんまりお父さんとお母さんに会えないのはさびしいかもしれないけど、やさしいお姉ちゃんがいてよかったね。これからもお姉ちゃんといっしょにがんばってね。





香里はその冊子を空のダンボールに戻し、残りを一気に片付けた。
もう二度とこの押し入れは開けないと決めた。


- Fin -




update:03/04/20
last update:'07/08/21 06:42:45
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